私、吉田が集っていますチャペル・こひつじでの聖書のお分かちで、私が担当したものになります。よろしければお読みください。

 

旧約聖書、創世記36章より

 

エサウという人物に対して、クリスチャンは、どちらかと言うと、あまりいいイメージを持つことが出来ないのではないでしょうか?

しかし、聖書を読むと、エサウは決して性格的に問題があるであるとか、能力的に著しく劣るということは決してありません。創世記25章27節には、エサウは巧みな猟師、野の人となり、とあります。そして、創世記33章を見ますと、弟ヤコブがエサウの元に戻って来た時にも、兄として弟に対する思いやりのある振る舞いで出迎えています。さらに、父ヤコブは、弟イサクよりも兄エサウを愛していたとあります。エサウは非常に男らしくまた、能力にも秀でていたことが伺えます。

33章1節には、ヤコブが戻ってきた時に、エサウが四百人の者を引き連れてやって来ていた。とあるようにリーダーシップもあり指導的な立場にたてる有能な人物でありました。そしてこの36章には、そのエサウの子孫たちのことがきめ細かく記されています。

彼の子孫は、多くがその地域の首長として活躍していました。エサウと同じく非常に立派なリーダー達でありました。

一方、弟ヤコブはというと、兄エサウから祝福を横取りしようと画策した結果、土地から追われるように逃げ、苦労の連続でした。33章ではヤコブの息子達は殺人事件まで起こしてしまうありさまでした。

しかし、主は、このようなヤコブと格闘するほど、彼と深く関わられました。そしてヤコブのもものつがいを打たれ、びっこを引いて歩かざるおえない状況の中、ヤコブはもはや主に頼らざるおえなくなりました。

私自身も、劣等感の塊で、何か常に卑屈な思いで過ごしていたような情けない人間でしたが、そのようなものを格別に取り扱ってくださり、救いへと導いてくださいました。

主は彼らの母親リベカに言われました。「二つの国があなたの胎内にあり、二つの国民があなたから分かれ出る。一つの国民は他の国民より強く、兄が弟に仕える。」

主は、力強いエサウよりもヤコブを祝福されたのです。

改めて、人間にとって、最も大事なことは何かを考えさせられます。それはただ主にお任せすること。ただ主に信頼すること。能力に頼らず、地位に頼らず、財産にも頼らず、ただ主なる神に頼ることです。